昨日は定休日、家族でドライブという名の買い出しへ。
カートに乗りきらないほどの野菜、10キロのお米
こんなに山盛りの野菜、いったい誰が料理するのだろう?
車のバックシートに詰め込みながら思うのでした。
そのくらいの量、もう笑ってしまうほどの。
毎日予約の連絡が絶えません。
とにかくひとつずつ、送られてくるメールとDMをに返信をしながら
席が足りるかパズルのようにその日その日のシュミレーション。
縁側で待っていてもらうことになるのか、どこかに席を増やせないか
などなど考えながらどうにかこうにか
「来たい」と思ってくれる人たちがみんな来られるように調整する毎日です。
完全予約制の店ではないので、予約をせずにふらりと来る方もいて。
その人たちもなるべくなら受け入れたいと思うのです。
その余白も少しは残しつつ、そのぶんも多めに仕込みをして。
それでも予想以上に、自分たちの最大限の準備を超えてしまうこともあり、
お断りをせざるをえない日もあります。
その瞬間はいつも心苦しく、ごめんなさいの気持ちでいっぱい。
住宅街でぽつんとお店を開く私たちのところまで、わざわざ来てくださったのになぁと。
今日も早朝に目が覚めてしまって、
かといって暗いうちからお店に行って準備をするにはからだがまだ起きていなくて。
音楽を聴いたりしながら温かいココアを飲んだりして過ごします。
夜明けを待ちながら。

昨日の夕方からものすごい風。
いろいろのものが一掃された朝の景色になるのかな、なんて思いながら起きました。
強い風が吹く日に思い出す映画は『Holiday』
”Don’t blow amay.”
飛ばされないようにね!
風の強い日、印象的な出会いのシーンで出てくるセリフなのです。
大好きな映画、繰り返し観る映画はそんなに多くない方ですが
『Holiday』はそのひとつ。
お互いの家を交換して暮らす休暇中に巻き起こる出来事がなんとも温かく、
観るたびにしあわせな気持ちになる作品なのです。
当たり前にいつも見ていた景色、ずっと暮らしてきた場所を離れると
出会う人も、一日の過ごし方も変わり、
あたらしい自分の一面に出会ったり、忘れていた感覚を思い出したり。
自分そのものが変わることはないけれど、
どこにいてもわたしはわたしなのだけど、
まだ知らない自分がいる。
そんな自分にも出会ってみたい。
そう思うことがあります。
今月いっぱいでお店をしまおうと決めた時、背中がふっと軽くなった自分がいました。
楽しく、充実感を持ってやってきたことだけれど
10年以上も続ければ、いろいろなことがあるわけで。
自分のからだもどんどん変わり、取り巻く環境、自分の心境もめくるめく変化をたどっています。
”いな暮らしのもえさん”
長くやってきたなぁと思っていて、
そろそろ卒業するのかなと。
ひとつ、その型を外したら、そんな景色が見えてくるのか。
それが今から楽しみなのです。
「いな暮らし」があってもなくても大丈夫。
そこでの出会いや過ごしてきた時間はずっとそれぞれの内にあり、
からだの一部になっていたりする。
そう思うと ”どう” なってもいいんだなぁと思うのです。
今日もどんな日になるか。
そろそろ支度を始めます。

これはいつかのわたし。
あやちゃんのおばさまがお仕立てした服を身に纏ってみた時。
足元はokkoyokkoさんとの出会いから、イランのおばあちゃんの手編み靴下。